首都圏
西川

西川 与志樹

Yoshiki Nishikawa

係長

なぜ、私、西川与志樹が『感謝の心』を忘れない営業を目指しているか、その理由をお聞き下さい。

私の仕事は、1人でできる仕事ではありません。
家族に支えられ、周りの仲間に支えられ、時にはお客様にも支えられて、一緒に目標に向かって歩んでいく仕事です。
なぜ、私が『感謝の心』を忘れない営業を目指しているか、その理由をお聞き下さい。

西川

西川

自分で考えて人生を歩む

高校3年生の夏、私が通っていた私立同朋高校は、その上に同朋大学があり、成績上位の生徒は毎年、推薦枠で入学する事ができます。特に目標もなかった私は『とりあえず進学』という理由で、その推薦枠を希望していました。幸い、成績も悪くなく、担任の先生からも『西川はもう進路が決まってるから、先生も楽で助かるよ!』なんて言われており、私も安心しきっていた秋のこと…
急に担任に呼び出され、進路指導室へ向かうと、先生が私に頭を下げて『西川!申し訳ない!おまえの大学推薦、ダメになったんだ…』と。

理由は、例年に比べて推薦希望者が多く、今年に限っては私の成績では足りなかった、ということでした。
『先生も安心しきって油断していた、本当にスマン…』という先生。
どちらかと言えば、熱血指導タイプの先生でしたので、その分、とても責任を感じているようでした。が、逆に、私は『楽をして進学できるなら』程度にしか考えていなかったので、それほどショックでもなく『大丈夫ですよ、先生。別に、オレもすごく「大学に行きたい」って思っていたわけじゃないんで、何か他を考えますから』と答えたのを憶えています。
今、思えば、そこが私の『自分で考えて人生を歩むスタート』だったのかもしれません。

西川

あんなに楽しかったバンド活動が

『自分は何が好きか?』と自問自答すれば、当時は高校時代から始めたバンド活動に夢中でしたので、最初に頭に浮かんだのは『ギター』のこと。高校を卒業して、大阪にあります『キャットミュージックカレッジ専門学校』にて、ギタークラフト科に進学した私は、その頃から、より強く『大好きなバンドで、プロになって飯を食いたい!』と思うようになりました。
毎日がバンドの練習とアルバイトの日々。とにかく楽しくて、毎日、ギターを弾いて曲を作ったり、ライヴを行い仲間たちと『乾パ~イ』と打ち上げをしたり…
4年間のバンド活動は、私にとってかけがえのない思い出です。

ただ、時が経つにつれ、結成当初は学生だったメンバーも次第に就職し、なかなか集まって練習をする時間が持てなくなり、メンバーが仕事の残業などで練習に遅れてくることもしばしば。今なら『それも仕方ない』と割り切れるかもしれません。でも、その時は若く、それが我慢できませんでした。
ある日のスタジオ練習、私は、演奏が上手くいかない怒りをメンバーに押し付けてしまい、練習中に怒鳴り付けました。
『みんなさぁ、ちゃんとやる気あんの?!仕事、仕事って…プロになるって気持ち、ないんじゃないの!!今日だって全然フレーズを覚えてきてないじゃないか!こんな下手くそで、やっても意味ないよ!!』
その言葉をキッカケにして、バンド仲間との雰囲気は悪くなり、日に日にメンバーと会う回数は減っていき、いつしか自然消滅…4年前、始めた時は、あんなに楽しかったバンド活動は、いつの間にかメンバーにとって重荷となり、あっけなく終わりを迎えてしまいました。

『今が、1番、楽しい!』と言えない自分

大阪でのバンドが解散し、24歳で上京した私は、しばらくはアルバイトをしながら新しいメンバーを探す為、楽器屋さんやライヴハウスなどに通っていました。
しかし、大阪で組んでいたバンドのメンバー以上に気の合う仲間には、なかなか簡単には出会えません。1年が過ぎても状況は変わらず『やっぱりダメなのか…』という焦り。
そのうち、時間も過ぎて歳もとっていく中で、先が見えない将来に対して不安を感じる様になり、いつの間にかご多聞に漏れず、私は就職を考えるようになっていました。

西川
『よし!もう音楽の夢は捨てよう!』
そう決心したのは上京2年目、25歳の時。
それまで大切にしてきたギターや音楽機材のほとんどを中古ショップで売却し、新しい人生を進むことを決めました。

『こども英会話のミネルヴァ』にて、飛び込み営業と『株式会社DENON』で販売職の経験を経て、30歳で、朝日リビング株式会社に入社、その1年後に結婚、6年後には長女も生まれました。

仕事の成績は『中の中』。
良くも悪くもなく、ちょうど真ん中くらいで、あまり上司からお叱りを受ける事もなく、たまに表彰も頂きました。ただ、いつも心のどこかに、ずっとモヤモヤしたものがあるのです。
『自分は今、本当にやりたいことをやれているのか・・・』
昔、本当にやりたいことを目指して頑張っていた自分の思い出が強烈で、今の自分にどこか納得がいってない。今、本当に楽しいのか?と聞かれると『今が1番、楽しい!』と胸を張って言えない自分。
仕事に迷いが出てくると、成績もみるみる低下していき、入社7年目、私は、入社以降、過去最低の成績で、気が付くと『低迷社員』と呼ばれる立場になっていました。

西川

下手でもいーじゃん!

そんな時に、部長からこんな提案を受けました。
『今度、会社のレクリエーションで音楽演奏会やろうと思ってるんだけど…西川君、昔、バンドやってたんでしょ?手伝ってよ!』
『えぇ~?』
ハッキリ言って、嫌でした…もちろん『こんな成績が悪いのに、そんなことやってる時間ないよ!』というのもありますが、自分にとって『バンド』は『過去に失敗した』というトラウマがあって、これ以上、あまり関わりたくないものになっていたのです。

しかも、会社のメンバーですから『楽器未経験者』もいて、到底、上手い演奏なんてできるはずもありません。それでも上司からの命令、聞かないわけにもいかず、渋々参加、そして2カ月後に控えた演奏会に向けて練習がスタートしました。
1回目の練習
『うわぁ~、やっぱり下手くそ…本当に大丈夫なのかなぁ~』
と不安ばかりの初顔合わせ。
2回目の練習
『ダメだぁ…こんなんじゃ、絶対に演奏会に間に合わないよ…』
わざわざ恥をかきたくないっていう気持ちでいっぱいです。
3回目の練習…あれ?
『そこ、先週より上手くなったね!練習してきたの?』
『はい!タイミングが合う様に、しっかり曲を聞いてきました!』
と後輩。
何でしょう…下手は下手なのですけれど
私の中に『楽しい気持ち』も芽生えはじめてきたんですよね。
そして、練習を重ねるごとに、楽しさは増していき、いよいよ演奏会前日。
練習後、バンド経験者ということで、リーダーに任命されていた私は、みんなにこう伝えました。
『下手でも良いじゃん!明日は楽しく!思い切りやろうよ!』
下手でも良い?…まさか、自分の口からそんな言葉が出るなんて…

西川

感謝の心を忘れず

演奏会当日、リハーサルでは、私も舞台で演奏するのは久しぶりすぎて、緊張でギターピックを持つ手が震えていました(笑)
約40分の演奏の後、『ありがとうございました!』と客席に一礼し、胸を張って舞台を下りる仲間たちの誇らしい顔。
打ち上げでの、とびきりの笑顔が、充実感、達成感を物語っています。
『そうか、ずっと味わいたかったのは、上手いとか、下手とか…そんなんじゃない!みんなで一緒になって、何かを達成する事が楽しいんだ!』

ずっと心のどこかで、昔、解散したバンドの事、当時追いかけていた夢の事を引きずって、モヤモヤした気持ちで過ごしていた人生が、そう思えると、一気にサーッっと、心の雲が晴れる様な感覚でした。
今、私がいるこの場所に、仲間に、家族に、もっと感謝しなきゃ。
やっと、地面に足が着いた気がしました。
『もしかしたら、自分は今、夢見ていたものに近い仕事をやっているのかもしれない』
そう思うと、なんだかこの仕事をしている今の自分が、嬉しくなってきました。
と同時に、昔、一緒にバンドを組んでいたメンバーに『あの時はごめんな…』と、謝りたい気持ちになりました。

西川
翌年、私は『トップセールスマン賞』を受賞しました。
でも、それは私1人の力ではなく、お互いに刺激し合える素晴らしい仲間がいるからできたことです。
家族に支えられ、周りの仲間に支えられ、時にはお客様にも支えられて、一緒に目標に向かって歩んでいくこの仕事が、今は楽しくて仕方がありません!
常に周りへの『感謝の心』を忘れず、これからも笑顔で励んでいきます。
Mail nishikawa@asahi-lv.co.jp
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